大判例

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大阪高等裁判所 昭和57年(う)114号 判決

本籍

兵庫県加古川市志方町東中八〇番地

住居

同県同市志方町東中一八六番地の一

会社役員

木村薫

昭和一七年四月二三日生

本籍

兵庫県加古川市志方町東中八〇番地

住居

同県同市米田町平津三一三番地の二二七

会社役員

木村義昭

昭和二一年五月一〇日生

右木村薫に対する犯人隠避、公務執行妨害、木村義昭に対する道路交通法違反、公務執行妨害各被告事件について、昭和五六年一二月一八日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、各被告人からそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 竹内陸郎 出席

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人土居利忠作成の控訴趣意書及び同補完書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意書第一点の一の主張について

論旨は、原判示第一の自動車(以下「本件車」という。)を運転していたのは、被告人木村薫(以下「薫」という。)であるのに、これと異なる原判決の第一及び右事実を前提とする同第二の各事実認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

よって、検討するに、原判示認定事実に沿う原判決挙示の各証拠や当審証人阿部春治の公判廷における供述記載を総合すると、原判示第一及び第二の各事実認定を肯認することができる。

所論は、被告人薫が本件車を運転し、助手席に被告人木村義昭(以下「義昭」という。)が同乗して原判示第一の現場に差しかかったところ、約一〇メートル前方で警察官が旗で停止の合図をしているのに気付き、その地点から約二〇メートルすすんだ道路左側に停車し、被告人薫が直ちに右ドアから下車して三〇メートルほど戻った地点にある測定機のところへ行き、メーターを見て係員と問答中、被告人義昭が、車を運転してバックの状態で横道に入れたのち、下車して来たところ、係員が一方的に被告人義昭が運転していた者であるとして扱い、被告人薫が抗議して争いとなり、結局、その場で被告人義昭が逮捕されてしまった、と主張し、被告人義昭の検察官に対する昭和五五年五月二七日付供述調書(謄本を除く二通)を除き、被告人両名は、搜査段階並びに原審及び当審各公判廷において、大略右に沿う供述をしている(以下右検察官に対する供述調書を除き「被告人らの供述」という。)

これに対し、原判示にそう前掲証拠、特に、岩本敏彦及び阿部春治の捜査官に対する各供述調書や右岩本の原審及び右阿部の当審公判廷における各供述記載(以下それぞれ「岩本供述」及び「阿部供述」という。)の内容は、本件当日の取り締まりは、ほぼ東西と南北に通じる道路が交差する交差点の北西角に測定機を設置し、東行車両の速度違反の取り締まりを行なっていたもので、藤本宣明警察官が測定係、右岩本及び右阿部両警察官が停止係(右交差点のほぼ東北角に位置していた)をしていたものであるところ、本件車について、速度違反を知らせるピー音が鳴ったので、右岩本と右阿部が道路上に出て、本件車が同人らから約五八ないし五九メートル西方に進行してきたとき、これに停止の合図をして停止させたが、同車は右両名の位置より約五メートル行きすぎて停止した、停止後、右岩本が本件車の運転席側から、右阿部がその助手席側から、それぞれ同車に近寄り、右阿部が、車をバックさせてくれと言い、右岩本が誘導して後退させ、右交差点をいったん通過した後再び前進左折して南北道路に入って停止させたうえ、右阿部が本件車の運転席のところへ行って、速度違反であることを告げて下車を求めたところ、運転席側から被告人義昭が、助手席側から被告人薫が、それぞれ下車した、というものである。

所論は、岩本及び阿部の各供述の信用性を争うが、右各供述は、右各供述中にあるように、本件車が前記の位置に来たとき、その停止を求めたことやまた、同車が停止後直ちにその側に行って車を後退させて南北道路へ誘導したことが、速度違反取り締まりの態様や本件現場道路の具体的状況(東西道路の巾員も約九メートルで狭く、違反車両を南北道路に誘導しないで運転者を下車させると、他の車両の障害となるおそれがあること)に照らすと、警察官として合理的かつ自然な行動であると認められることに微して、これを信用することができる。そして、被告人薫と被告人義昭の体型及び顔貌にはかなりの相異があるので、岩本及び阿部供述のような事実のもとでは、警察官が、被告人薫と被告人義昭を見間違えることは考え難い。もっとも、岩本供述中に、「私の目の前を被疑車が停止するために速度を落とし通過するときに、右運転席に運転していた木村義昭を確認しています。」(同人の検察官に対する昭和五三年一〇月一一日付供述調書)とある点や、班長として右取り締まりに当っていた小林一二三の検察官に対する供述調書中に、「停止係の岩本巡査に、運転しとった男はあれに間違いないか、と藤本部長が義昭の方を指示したところ、岩本は、絶対に間違いない、と言っていた。」とある点は、その供述内容自体を検討し、他の証拠と対比すると、右警察官らが、事後的に、被告人義昭の特定のために誇大に脚色した供述をしたのではないかと疑われ、必ずしもこれを信用し難いが、前記の停止方法及び停止位置並びに後退を求めたことに関する岩本及び阿部の各供述部分は、とくに右のような脚色をした疑いはないから、右のように、警察官の供述に一部信用し難いところがあっても、岩本及び阿部の各供述全体の信用性を疑わせるまでには至らない。

これに対し、被告人らの供述は、警察官が停止を求めているのを現認したのは、その前方一〇メートル位に来てからであり、従って、その求めに応じて停止した位置も、停止係警察官の位置から二〇メートル位前方(東方)であった、というものであるところ、右のように、車の直前で停止を求めるやり方は、時速四〇キロメートル以上で走行する車両の停止のさせ方としてはきわめて危険なもので、しかも、すでにレーダーで違反を確認している以上、直ちに停止を求めるのが停止係の任務であることから考えても、右岩本及び右阿部が、被告人らの供述のような停止のさせ方をしたとは認め難く、そのうえ、本件車の停止位置についても、被告人らは、取調べの初期の段階においては、停止係警察官の位置より五メートル位あるいは一〇メートル位東方であったと述べていて(木村薫の検察官に対する昭和五三年一二月一八日付及び木村義昭の検察官に対する同年一一月九日付各供述調書)、取調べが進むに従って右の距離が長くなってきており、自己の弁解に沿うように供述を変更した形跡がうかがわれるので、結局、被告人らの右の点の供述は、岩本及び阿部の各供述と対比して信用できないといわざるをえない。

そして、所論は、被告人ら両名は、警察官が来る前にともに本件車から降りていたということをその前提としているところ、本件車の停止位置が、停止係の警察官の極く近くであったと認められる以上、警察官としては直ちに運転者に車の後退を求めたはずであって、警察官が運転者を助手席の者と混同するような事態が、その間に発生したとは到底考えられない。従って、停止直後、運転者である被告人薫が直ちに下車したため、警察官が運転者を誤認したとは考えられない。

また、所論は、右主張の根拠として、被告人義昭は、自分が原判示第一事実を犯したとしても、それによって免許の取消あるいは停止の要件には該当しないから、同被告人には右事実の罪責を免れようとする動機がない、と主張するが、なるほど被告人義昭の本件檢擧時の道路交通法違反の累積点数及び本件の違反点数によれば、同人が直ちに免許の取消あるいは停止の処分の要件に該当しないことは所論のとおりであるけれども、記録によると、被告人義昭は、昭和五一年一二月と同五二年一二月に、それぞれ酒気帯び運転で行政処分を受けていると考えられるから、同人が、とっさの判断で、免許停止の不安をもったと考えてもあながち不合理ではないし、そもそも、右二回の酒気帯び運転とあわせた累積点数の増加自体を避けんとして、敢えて否認の態度に出たとも考えられ、後記認定の否認に至る経緯をもあわせ考えると、所論のように、動機が全くないと断ずることはできないので、所論は採用できない。

さらに、所論は、右主張の根拠として、本件は、白昼警察官の目前での事件であって、真実被告人義昭が運転していたのであれば、わざわざこれを否認するまでのことは考えられない、と主張するが、証拠によれば、被告人らは、当初から被告人義昭の運転を争っていたわけではなく、最初測定係の警察官藤本宣明から速度違反の事実を告げられたときは、まず速度の点を否認していたのであり(それが被告人義昭であるか被告人薫であるかについては警察官と被告人らとの間で供述に食い違いがあるが、それはともかく)、その点をめぐって警察官と被告人らが議論となったあとで、被告人義昭が自己の運転を否認した事実が認められることや、被告人らは、本件後の昭和五五年一月の速度違反事件について、被告人薫が、真実は自己が運転していたのに、檢擧当時、被告人義昭が運転していた旨供述し、他方被告人義昭も、取調官に対し、薫がどう言ってるか話を聞いてからでないと答えられない旨供述したことがあることをあわせ考えると、本件においても、右速度についての議論の挙句に、被告人義昭が、運転行為自体を否認する態度に出たと考えても、全く不自然とは断じ難いので、所論は採用できない。

その他、所論が縷説するところにかんがみ、記録を検討しても、原判示第一、第二事実についての原審認定に所論のような事実誤認の廉は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意書第一点の二の主張について

論旨は、被告人薫の原判示第三の事実について、被告人薫の本件犯行時の言動は、国税局収税官吏の職務執行を違法なものと信じ、自己防衛本能から半ば無意識的に出たもので、犯行当時公務員が適法な職務執行中であったことの認識及び脅迫を加えることの認識を欠くので、公務執行妨害の故意を欠き、また、被告人義昭や木村政行と公務執行妨害の共謀をしたこともないから、原判示の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認、ひいて法令適用の誤りがある、というのである。

よって、検討するに、原判決が挙示する各証拠、特に被告人薫の検察官に対する昭和五十五年五月三一日付及び同年六月二日付各供述調書によれば、被告人薫が、国税局収税官吏の行為に腹を立てて暴言をはいた理由は、自己の予想に反して原判示第三記載の事務所が捜索されているのを知ったからであって、所論のように、その捜索自体を違法と考えたからではなく(なお、国税局の係官が、被告人薫に対し、右事務所の捜索はしていないかの如き言動をしたとの被告人薫の原審公判廷における供述記載は信用できない。)、また、被告人薫が国税局収税官吏に令状の提示を求めたのは、同被告人が、被告人義昭らから、右官吏らが原判示第三の山水ビルの他の階の部屋まで捜索しようとしたと聞いたためであって、前記事務所の捜索自体が無令状であると考えていたからではないことがそれぞれ認められる。従って、右官吏が被告人薫の求めに応じなかったことから、同被告人が右事務所の捜索までも違法なものと考えたとは認め難い。また、右証拠によれば、被告人薫は、激昂していたとはいえ、原判示第三の如き自己の言動ははっきり認識していたと認められ、これに反する同被告人の原審及び当審各公判廷における供述記載は信用できない。そして、被告人薫の右言動に従って、被告人義昭及び木村政行が原判示第三の如き実行行為に及んでいるのであるから、原判示第三の事実について被告人薫に公務執行妨害の故意があり、かつ右義昭及び木村政行との現場共謀を認定した原判決の事実認定は正当であり、事実誤認、法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

控訴趣意書第二点について

論旨は、被告人両名について、いずれも量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するに、被告人義昭の原判示第一及び同薫の原判示第二の各犯行の動機にはいずれも斟酌すべきところはなく、同第三の事実については、被告人らが、国税局収税官吏が令状の範囲外の場所を捜索しようとしたと考えて令状の提示を求め、同官吏がこれに応じなかったことからさらに激昂して犯行に及んだとの点において、動機に幾分斟酌すべきところは認められるものの、その態様は、原判示のとおり、灯油やガソリンを撒いて火を放とうとし、現にその場にあった備品や書類の一部等が燃えるに至っているもので、きわめて危険かつ悪質なものであり、右のような犯情に照らすと、所論のように、原判示第三の犯行は、公務の執行に多大の影響を及ぼしたとまではいい得ないことや、被告人義昭が反省していることなど、被告人らのために斟酌すべき情状を考慮しても、各被告人に対する原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

(なお原判決中の法令適用欄に「訴訴費用」とあるのは「訴訟費用」の誤記と認める。)

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環直彌 裁判官 内匠和彦 裁判官石塚章夫は転補のため署名、押印することができない。 裁判長裁判官 環直彌)

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